自分が何者なのか?

こんにちは。
加藤秀視です。
 
昨日「自分を愛する技術」の大増刷が決定しました~~!
みなさんのおかげさまで本が怒濤の勢いで読まれているのです。
本当にありがとうございます。
というコトは、発売「16日で【5万部突破!】」というコトです。
ウオオオオ~ン(笑)
いまの世に愛の革命を起こすべく!自己愛の必要性を認めさせるために。
さらにアクセル全開でこの本を広めて行きます。
引き続きみなさんのお力をお貸し下さいませ!!
皆様の力を、愛をよろしくお願いします!
さて本題。
勢いに乗って今日もちょーっと長めに愛を語っていこうと思う(笑)
考え方が変われば。思い込みが変われば。人生が変わる。
そんな話を以前からよく聞く。
確かにそれは結果としてあるだろう。自分の考え方が変われば、同じ物を見ても、同じ出来事を通しても、今までと捉え方が変わる。
だから選択の前提が変わる。だから結果として今までと違う方向に進んでいく。
だが、今回「自分を愛する技術」にも書いたけど、実はこれだけのプロセスではほとんどの人は人生が変わらなかったりする。
ダメとまでは言わないけど。
今までの啓発や成功哲学では、大体考え方を変えろ、思い込みを変えろ、マインドを変えろ、習慣を変えろとか散々言われ続けてる。
映像や巧みな比喩や様々な方法で、それを実現して人を良い方向に変えようとしてきた。
だが実際のところ、人は今までの生き方の習慣があり、今いる環境があり、正直変えるのは難しい!と言うのが本音だとも思う。
だけど、これは嘆くことでもなく、当然と言えば当然のこと。
例えば体で言えば、水や食べ物を変えずに作り方や調理法ばかり変えているのと同じこと。
いくら作り方や調理法を変えても、素材そのものを変えなきゃ体に与える根本的な影響は変わらない。
作物がどのようにして育てられたのか?不純物は混じっていないのか?育った環境は?素材から育て方から根本から見直さないと影響はないわけだ。
考え方や思い込みも同じ。根本を変えなければ、自分の望む方向には変わらない。
考え方、思い込みを変えるなんてのは調理法を変えているだけに過ぎないからね。
詳しくは「自分を愛する技術」にも書いたが、行動とか考え方とか思い込みとか潜在意識とか習慣形成とか、そういうものは全てステージ1の「アクション」ステージ2の「マインド」に過ぎない。
興味があれば以前の記事をどうぞ。
http://ameblo.jp/kato-shushi/entry-11719138873.html
確かにステージ1もステージ2も重要。だが、最も重要なのはステージ3の領域。
想念の解放であり、純粋意識への到達であり、自己の覚醒。

これはオレと関わりが深い人は知ってる人も多い。
そうじゃなくとも魂レベルが高い人はすでに知っている人もいる。
それは、「人間の五感や現実は全て想念に支配されてる」ということを。
見えるもの、聞こえるもの、匂い、考え方、これらは全て大前提の決めつけである「想念」によって左右されてる。
そして、大人や社会の権力者たちが自分たちに都合のいい常識や答えを用意して、俺達に刷り込んでいる。今もなお。様々な方法を使って。
純粋にそのもの自体を見て俺達がどう感じるか?どう考えるか?ではなく、既に用意された答えの通りに従わされているんだ。まるで鎖に繋がれた奴隷にように。
その想念は幅広く、高級ブランド品ならすべて価値がある、学歴がある人は偉い凄い、おいしい食べ物まずい食べ物、いい匂いくさい匂い、いい男いい女の定義、自分ができるできない、ここであげたら切りが無いが、俺たちには知らず知らずにあらゆる想念が刷り込まれてる。
小さい頃から、様々な角度から、何度も何度も常識や正しさと言う名の想念が刷り込まれて、俺達は純粋にそのものを感じて自分のフィルターで良し悪しの判断ができなくなってしまってる。
いわゆる答え探しのフォロワーが大量生産され、不感症ってやつがあちらこちらでボッコボコに誕生する。
こんな例え話をトークライブでよく使うんだが、アナタは刺身を食べるとき何をつけて食べる?
こう言うとほとんどの人が何も迷わずイメージするのが「醤油」って答える。
じゃあ、それは誰に教わったのか?と聞くと、親じゃない?とか、家族とかじゃない?とか、そもそも常識じゃないの?とか曖昧な答えが返ってくる。
ようは俺達にはあまりにも当然すぎる質問で、いつ?誰に?教わったかさえ覚えていないほど、大前提で常識だということ。
当然オレも覚えていない。
つまり、俺達は何の疑問も持たずに刺身に醤油をかけて食べてるわけ。
むしろこれに疑問を持つことが疑問だったりして(笑)
今度刺身を食べる機会があれば、自分の子どもや一緒に食事してる人に質問してみて。
なんで刺身に醤油を使うのか?って。想定内の答えが返ってくるはず。
これは何も醤油が悪いとかの話じゃないぜ。
本来は何をつけて食べたって自由だってこと。
塩で食べた方が自分にはおいしいと感じるかもしれない。
もしかしたらマヨネーズをかけたら方がもっとおいしいと感じるかもしれない。
今、
「えっ……さすがにマヨネーズはないだろ!?」
って思っちゃったチャーミングな人は、大前提の想念に囚われてる可能性大(笑)
じゃあ逆に聞くけど、「刺身に醤油」なんて常識は誰が決めたの?って話。
日本の文献のなかに、初めて「醤油」という文字があらわれたのは1597年(慶長2年)に刊行された『易林本 節用集』(えきりんぼんせつようしゅう)のなからしい。
このころに醤油は各家庭にも広まってきたと考えられてるらしい。
ま、醤油の話は例えの話なので醤油の歴史に興味がある人はGoogleを使えば5秒で見つけられるので、どうぞ。
何が言いたいかって言うと、食べ物一つをとっても想念に囚われてる、ってこと。
人生も同じで、「社会ではこうしなければならない」「これが常識。当たり前」みたいな想念に囚われて、そこから外れたら「おかしな人間」というレッテルを貼られる。
大人や権力者がつくった都合のいいルールの奴隷にされている。
食べ物も自分が一番おいしいと感じる味付けで食べればいいのと同じように、人生だって本当の答えは自分で感じて自分で見つければいい。
この想念を解放する為に、これから我々人間にとって最も重要となる価値観が「純粋意識」
あるがままを見て、感じて、純粋に物事を捉える力。

ほとんどの人が先ほど説明した想念に囚われていて、物事を純粋に見ることができていない。
そして、この純粋意識に到達する為にたった一つだけ必要なのが、
「自己愛」なわけ。
元々、教育の本質とは「Education」ではなく「Learning」
上から画一的にインプットさせるものではなくて、自らが好奇心を持って探求していくもの。
だって、好奇心さえあればどんな知識だってGoogleを使えば5秒で見つけられる。
それに、たとえその答えの意味が分からなくたって、半日もネットで調べれてれば大抵のことは理解できるようになる。
教育の真の目的はたった一つ「自己の覚醒」なわけ。
いろんな知識や想念を付け足していくことではなく、余計なものを全て解放して真の自分の姿に戻っていくこと。
余計なものが解放されていくということは、まさに子どものようにピュアになって、純粋に物事を見る、やりたいからやる、自分の心に素直になってい く、ということ。
子どもは楽しいこと、やりたいことなら、時間が経つのを忘れて没頭する。
だから俺達も好きな人と組む、好きなことをすることが大事。
だって「純粋な好奇心ほど学びを加速させるエネルギーはない」から。
なのに多くの人は「やりたいことではお金を稼ぐことは難しい」「好きな人とだけ仕事をするのは無理」といった想念に囚われて、嫌いな人とやりたくもない仕事を我慢しながら毎日働いてる。
嫌いな人ともうまくやっていこうとしてコミュニケーションの本を買う。
日本人は我慢を美徳とする風潮が強いが、その我慢は一体なんの美徳なんだ?何のための我慢なんだ?
自分の答えがあるならいい。
でももし答えがないなら、自分の身も心も殺してまで我慢するのは本当に美徳なのか?
美徳だって想念に過ぎないわけ。
別に何も我慢する必要なんてないし、純粋な心のままに自由にやればいい。
そして、その純粋性に到達するためには、「自分を愛すること」これがすべて。
多くの人が自分を愛することができて、純粋意識に到達して、想念が解放されたなら、この世の中は一変するだろう。
争いや事件は減り、喜びが増える。悲しみが減り、もっともっと愛にあふれた社会になり、志を持ってテクノロジーを活用する人が増えていくだろう。
これは決して想像の世界ではなく、間違いなく現実となる世界。
「ヒトが想像できることは、必ずヒトが実現できる」
フランスの小説家ジュール・ヴェルヌはいった。
もういい加減に俺達は気付かなければならない。
全ての考え方もビジネスもサービスも教育も愛から始めなければならない、ってことを。
愛が全てで、愛によって俺達は全員が勝ちを手にすることができるってことを。
なぜ、損得や善悪が生まれるか?争いや戦いが起きるか?
それは純粋じゃないから。
純粋になればなるほど敵はいなくなる。敵を作る必要もないし、相手を敵視することもない。
これが本当の無敵。
本にも書いたが、金属を絶対零度まで冷やすと完全に純粋になって外からの影響を一切うけなくなるように、俺達もピュアになっていけば外からの影響 を受けない無敵状態になり、争いごとは自然と消滅する。
もし、今のまま純粋性を取り戻すことができずに時代が進んでいけば、いつか戦争は拡大し核兵器だって使われるかもしれない。
だが、多くの人が純粋意識に到達していけば、インターネット、科学、テクノロジーは必ず人を救う形で活用されるだろう。
インターネットが俺達の生活を一変させたように、道具を創るのは俺達人間だが、世の中やライフスタイルを創るのは俺達が創った道具だ。
だから道具を創る俺達が愛に満たされ、愛から全ての道具やサービスやテクノロジーを生み出していけば、確実にこの世界は変わっていく。
だからこそ!!今の時代に変革をもたらすのは愛しかないんだ。
ぶっちゃけ、なぜオレがこんなにも愛を伝えたいのか?
愛を伝える衝動に駆り立てられるのか?
それは正直分からない。
自分自身が何者かも分かっているようで本当は分かっていないのかもしれない。
だが、愛の重要性はこの魂が知ってる。
そして、それを伝えろとオレ以外の誰かがオレに言い続けてる。
愛を伝えることが、お前の使命だと。
だからオレは天命に従い、これからも愛を伝え続けていく。
氣愛。
<「自分を愛する技術」特別インタビュー動画>
https://www.youtube.com/watch?v=qXVNVeRv-5w
<「自分を愛する技術」フェイスブックページ>
https://www.facebook.com/theartofselfloving
<シュウシのソウルメイトレター>
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